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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)6270号 判決

原告

学校法人千代田学園

右代表者理事

三浦弘一

右訴訟代理人弁護士

上村正二

被告

株式会社国際文化交流協会

右代表者代表取締役

大手堅司

右訴訟代理人弁護士

柴義和

木村喜助

主文

一  被告は、原告に対し、金六億円及びこれに対する昭和五四年六月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、訴外渋谷栄一(以下「渋谷」という。)を介して、被告に対し、昭和五二年九月二一日に左記(一)、同年一一月二四日に左記(二)ないし(四)、昭和五三年三月一日に左記(五)、(六)の各小切手を交付し、そのころ右各小切手は被告により現金化されて、被告は七億五〇〇〇万円を取得した。

(一) 金額 二億五〇〇〇万円

振出人 原告

振出日 昭和五二年九月二一日

支払人 株式会社大和銀行上野支店

(二) 金額 三〇〇〇万円

振出人 原告

振出日 昭和五二年一一月二四日

支払人 株式会社三菱銀行上野支店

(三) 金額 七〇〇〇万円

その他の要件は(二)のとおり

(四) 金額 二億円

その他の要件は(二)のとおり

(五) 金額 一億円

振出人 原告

振出日 昭和五三年三月一日

支払人 株式会社住友銀行上野支店

(六) 金額 一億円

振出人 原告

振出日 昭和五三年三月一日

支払人 株式会社富士銀行鶯谷支店

2  消費貸借契約に基づく返還請求権

(一) 原告は、千代田国際学園の構想を有しており、昭和五一年一〇月三一日、被告との間で、原告に在籍する学生のアメリカにおける研修計画の業務を被告に遂行させる契約を締結していたが、同五二年夏ころ、被告との間で、右業務の遂行資金として六億円を限度として被告に金員を融通することを合意した。

(二) 前記1の(一)の二億五〇〇〇万円のうちの一億円と(二)ないし(六)の五億円の合計六億円(以下「本件六億円」という。)は、右(一)の合意に基づき被告に交付されたものである。

3  不当利得返還請求権

仮に前項の主張の理由がないとすれば、原告は、千代田学園の創立者である訴外広瀬盛衛(以下「広瀬」という。)との間の功労金給付の合意の履行という名目で、被告に対し、前記六億円を支払つたものである。

4  原告は、被告に対し、昭和五四年六月二八日、右六億円を返還するよう催告した。

よつて、原告は、被告に対し、消費貸借契約又は不当利得返還請求権に基づき、六億円及びこれについての催告の翌日である昭和五四年六月二九日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)(二)の事実は否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は認める。

三  抗弁

1  通謀虚偽表示による無効(貸金返還請求に対し)

原告と被告とは、請求原因2(一)の契約を締結する際、税務対策のために、この契約を仮装することを合意した。

2  贈与契約(不当利得返還請求に対し)

(一) 渋谷は、昭和五二年二月二三日、広瀬との間で、原告の創立者である広瀬及びその関係者の原告設立の功績に対する功労金・広瀬個人所有の土地建物の無償又は低価額での原告への提供に対する補償金・広瀬に対する原告設立時の債務の償還等の支払金として、解決金名義で二〇億円を広瀬及びその協力者に支払うとの契約を締結した。

(二) 渋谷は、右契約締結当時、原告の理事であつた。

(三) 渋谷は、右(一)の契約締結の際、原告のためにすることを示した。

(四) 原告の被告に対する本件六億円の支払は、右解決金の弁済としてなされたものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1及び2(一)(三)の各事実はいずれも否認する。

同2(二)の事実は認める。

五  再抗弁

1  原告の目的の範囲外の行為による無効

原告は、公益法人たる学校法人であつて、その目的は、教育基本法及び学校教育法に従い私立専修学校を設置することにあり、その寄附行為においては重要な財産の処分を制限している。

このような原告において、理事を退任した広瀬に対し功労金として多額の金銭を贈与する行為は、学校法人の財政的基盤を危くするものであり、目的遂行に必要な行為とはいえず、目的の範囲外の行為であつて、無効である。

2  代理権に必要な手続の欠缺

(一) 原告の寄附行為によれば、原告の業務は理事会で決定するものとされ、本件のような原告の有する重要な財産の処分については、あらかじめ評議員会の意見を聞かなければならず、評議員会で議決をするためには一定の議案を呈示しなければならない。

ところが、本件契約に関しては、右議案の呈示がなく、評議員会の開催に必要な手続きもなされなかつたし、原告と渋谷との間の金銭支払に関する交渉を理事会に一任する旨の評議員会の議決はなされたが、右のような漠然とした議決は無効である。

また、右議決を受けてなされるべき理事会の決議もない。

したがつて、渋谷は、本件契約について、原告を代理する権限を有しなかつたものである。

(二) 広瀬は、抗弁2(一)の契約締結に際し、右(一)の事実を知つていた。

3  渋谷の権限濫用

(一) 渋谷は、専ら広瀬の利益を図る目的で、抗弁2(一)の契約を締結した。

(二) 広瀬は、抗弁2(一)の契約締結に際し、右事実を知つていた。

(三) したがつて、抗弁2(一)の契約は、民法九三条但書の類推適用により、無効である。

4  公序良俗違反

(一) 原告の創立者である広瀬は、昭和四九年、原告の理事を退任したが、外部から原告を支配し、原告から正当な理由のない金を引き出すことを目的として、理事に広瀬の意向に従う傀儡的人間を就任させ、かつ原告の教職員に対し、広瀬やその関係者の援助協力がなければ原告の存続ができず、広瀬の援助協力を得るためには同人を厚く処遇しなければならないとの洗脳教育を繰り返した。

(二) その結果、原告の理事及び教職員は、広瀬の援助協力がなければ原告の存続は不可能になると盲信していた。

(三) 広瀬は、右盲信を利用し、広瀬の傀儡である原告理事長麻生卯三郎に指示して、原告の評議員会を開催させ、評議員会において広瀬の原告に対する功績に報いるための金銭の出捐を理事会に一任するとの決議をさせ、理事会をして渋谷に交渉権限を委ねさせ、もつて渋谷との間で、原告から広瀬及び被告らに対し、経営状態の良好でない原告の存続基盤をも危くさせるような二〇億円もの債務を負担させる契約を締結したのである。

(四) しかし、原告には、広瀬に右のような巨額の給付をする合理的理由は存在しなかつた。

広瀬は、原告設立に当たり、その個人財産を無償で又は著しく低額の評価により拠出し、原告に対する貢献が大であると主張したが、原告は、広瀬個人が負担していた千代田学園の学園債の返還義務を負担し、広瀬個人の債務である税金の支払をも負担した。

また、広瀬は、原告が校舎として使用した不動産も原告に売り渡し又は賃貸しており、十分な対価を取得している。

このような抗弁2(一)の契約は、公序良俗に反し、無効である。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1は争う。

2  同2の(一)は争う。(二)の事実は否認する。

3  同3の(一)の事実は知らない。(二)の事実は否認する。

4  同4は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告が渋谷を介して請求原因1の各小切手を被告に交付し、右各小切手が被告により現金化されて、被告が本件六億円を取得したことは当事者間に争いがない。

二消費貸借契約に基づく返還請求について

1 請求原因2(一)(原、被告間の消費貸借契約)の事実について判断するに、証人渋谷栄一の証言(第一、二回)中には、原告は、原告が設置している各種学校の学生を米国に留学させ国際的教育を実施する計画の実行を被告に委託し、右計画実行のため被告に資金を貸し付ける合意を被告との間で締結していたが、本件六億円は右合意に基づき被告に交付されたとの部分があるけれども、右証言は後記三に判示する理由により採用できない。

しかし、〈証拠〉によれば、原告は、被告との間で、昭和五二年一二月二一日付で、原告が原告の学生を海外に留学させ、国際的教育を行う教育機関を外国に創設するという千代田国際学園構想実施の資金として、被告に対し、六億円を限度として随時貸し付けることを内容とする契約書を作成した事実が認められ、右作成日付は本件六億円の交付開始に遅れており、かつ原告主張の合意成立日時とも一致しないものの、一応書面により原告主張の趣旨の合意が成立した事実は認められる。

2 しかしながら、抗弁1(通謀虚偽表示)の事実について判断するに、後記三で判示するとおり、原告が被告に本件六億円を交付したのは、原告が広瀬との間で締結した広瀬に対する功労金給付の合意に基づくもので、前記契約書は、真実その意思を有しないにもかかわらず、東京都の財務監査に備えて、経理処理上作成したものにすぎない事実が認められるから、抗弁1は理由がある。

3  よつて、原告の消費貸借契約に基づく貸金返還請求は、理由がない。

三不当利得返還請求について

1  請求原因1及び3の事実(原告が被告に対し広瀬への功労金給付の合意の履行という名目で本件六億円を支払つたこと)は当事者間に争いがない。

そこで、被告が主張する原告・広瀬間の功労金給付の合意の存否及びその効力について、以下判断する。

2  抗弁2の事実について判断するに、〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  広瀬は、昭和三二年に独力で千代田テレビ技術学校を設立したのを手始めとして、昭和四三年に千代田デザイン写真専門学校、昭和四四年に千代田電算機学院を、昭和四七年には千代田ビジネス学院を、それぞれ開設し、当初の昭和三二年には八〇人であつた学生数も、のちには四校合計で六〇〇〇人以上となつて、これら四校から成る千代田学園は業界屈指の学校に成長し、第一級無線技術士等国家試験の合格率も高く、就職率も良好であつた。

(二)  右のような発展の過程で、広瀬は、個人経営のままでは課税上不利であることを知り、節税のため学校法人化することを企て、昭和四六年一月、権利能力なき社団としての千代田学園を設立して、当時存在した千代田テレビ技術学校ほか二校を千代田学園において経営することとし、その実績のもとに、同年一二月二七日、学校法人の設立認可を受けた。

右学校法人の設立に当たり、広瀬は、同人所有の台東区下谷一丁目五番三〇号所在の校舎(以下「第一校舎」という。)とその敷地、台東区下谷一丁目五番三二号所在の校舎(以下「第三校舎」という。)とその敷地、台東区上野公園一八番七号所在の校舎(以下「四号館」という。)とその敷地、校具、教具、車両運搬具、備品、現金及び預金等の積極財産を学校法人に寄附したが、設立認可と同時に校地取得や校舎建設のための学園債三億二〇〇〇万円余を学校法人に承継させ、更に広瀬個人の所有であつた不動産に賦課され滞納中の公租公課約二億四〇〇〇万円を学校法人において納税し、学校法人の広瀬に対する求償権を放棄するという処理をして、右公租公課を原告に負担させた。

(三)  広瀬は、学校法人が設立されると同時に、同法人の理事長に就任し、常勤理事に広瀬の個人経営時代からの幹部職員で広瀬の友人でもあつた訴外関善造(昭和五一年一一月に戸籍上「永井善造」となる。)、広瀬の実弟である訴外広瀬武夫を迎え、他は名義だけの非常勤理事との構成のもとで、広瀬が学園理事会の実権を握つていた。

広瀬の原告設立の目的は、前述のとおり、個人経営の学園であることによる課税上の不利を回避することにあつたから、広瀬は、原告設立後も、千代田学園を自己の完全な支配のもとに置き、千代田学園の経営によつて生ずる収益を広瀬個人のものとすることを企て、その目的実現のために種々の手段を用いた。

すなわち、原告の経営する前記各学校の生徒募集業務は、原告自らは行わず、広瀬の一族が支配する会社に生徒募集業務を委託させ、右会社に原告の生殺与奪の実権を掌握させたほか、千代田学園が使用する最大の校舎である一三階建ての五号館を広瀬が実質上支配している被告(当時の商号は千代田総業株式会社)の所有のままとし、原告に賃貸する形をとり、また千代田学園内に設置された食堂及び売店も広瀬の一族が経営する会社に運営させた。

また、広瀬は、学校法人の発足直後から、連日のように、教職員を集めては、広瀬が、原告に対し校地・校舎その他莫大な資産の寄附をし、その功績は絶大であること、原告は広瀬の連帯保証のもとに金融機関から運転資金を借り受けており、広瀬が連帯保証を打ち切るなら原告は忽ち資金面で行き詰まること、原告が広瀬の意のままにならないのであれば広瀬は原告を去るであろうこと、その暁には、千代田総業株式会社が原告に賃貸中の五号館の返還を求めるほか、広瀬の関係する各会社において原告に対する援助協力を打ち切ることになるから、原告は一日たりとも存続し得ないであろうことを繰り返し説き、広瀬がいかに原告の恩人であつて、原告及び教職員に必要であるかを信じこませ、この点についての教職員の理解の程度と広瀬の功績に報いる方法とを書面に認めて提出するように要求し、このような働きかけは止むことがなかつた。

(四)  原告におけるこうした広瀬の個人所有の営利企業的色彩は、学校法人の監督権を有する東京都の歓迎せざるところであり、広瀬は、東京都の示唆を受けて、昭和四九年六月に理事を辞任せざるを得なかつた。

しかし、広瀬は、辞任後も、知人の訴外麻生卯三郎を理事長に、妻の訴外広瀬ヨシ子、義弟の黒羽秀夫を理事に据え、理事会を自己の意のままに動かすとともに、自分自身に対しては、学園長又は創立者という呼称を付して、事実上の支配権を握り、毎日のように登校して、前記(三)のような教職員に対する働きかけを引き続き行つた。そのため、教職員の間では、広瀬のこうした原告に対する干渉を「院政」と蔭口する有様であつた。

広瀬は、昭和四九年中に、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタモニカ市に居を構えたが、随時帰国して、右のようなワンマン体制を維持していた。

(五)  原告は、昭和五一年春ころ、各種学校である千代田テレビ電子学校、千代田電算機学院、千代田写真デザイン学院の三校に各種学校ではない千代田ビジネス学院を加えた四校について、東京都に対し、専修学校としての認可申請をした。

ところが、同年四月に原告が作成した千代田ビジネス学院の入学案内書に講師ではない各界の著名人二四名の氏名を講師として無断使用した事実が報道され、同年七月にも前記四校の入学生から都条例に違反して無届けで寄附金を集めたことが新聞報道され、東京都学事部は、右のほか、学生の定員と実数との相違、五号館についての賃貸借契約の不明確など多くの問題点があるとの理由で都私立学校審議会に対し答申保留を求め、同審議会は、同月二四日、原告の経営改善が確認されるまで専修学校認可を保留する旨決定した。

ここに至つて、原告は、学校法人を営利企業扱いする広瀬及びその一族の経営支配から脱却し、理事会の自治能力を高める必要が生じたので広瀬ヨシ子は同年七月二五日付で、黒羽秀夫は同年一〇月三一日付で、関善造は同年八月末ころ、それぞれ理事を辞任した。

(六)  広瀬は、原告に対する支配権を維持するため、原告の理事会及び教職員に動揺を与えることを企て、千代田総業株式会社、株式会社玄洋社、株式会社芙蓉エンタープライズ、広瀬、黒羽秀夫及び広瀬ヨシ子の六者の名義で、原告に対し、広瀬ヨシ子及び関善造らが理事を辞任した以上、右六者と原告との間に存在する債権債務の整理・清算を申し入れるとし、原告の借入金を速やかに弁済して広瀬らの連帯保証債務を消滅させること、五号館を昭和五二年三月末日限り明け渡すこと、広瀬が借家権を有する第二校舎も昭和五一年一〇月末日までに明け渡すこと、右六者において銀行・学生募集先及び広告代理業者に対し今後千代田学園との取引については一切責任を負わない旨を通告するので承知されたいこと、これらの案件については右六者が指名する代理人と解決のための交渉開始を要求するが、不調のまま同年一一月二〇日を過ぎたときは法律上の手段により解決を図るから承知されたいことを通告した。

(七)  右通告を受けた原告の理事長訴外麻生卯三郎は、千代田学園の経営を混乱に陥らせないためには広瀬の意を迎えるほかはないと決意し、過去五年間に教職員が提出した創立者顕彰に関する誓約事項の実施及び広瀬らの通告書に関して広瀬らと交渉をする権限を渋谷に委任した。

(八)  渋谷は、右委任に基づき、同年九月から一一月一四日までの間広瀬と折衝をしたが、広瀬は、渋谷に対し、原告の理事になつて創立者に対する処遇を実施することを要求し、承諾を躊躇すると、援助を打ち切る、校舎を明け渡せ等と言つて迫るため、麻生及び渋谷らは、広瀬の意に従うほかはないと考え、渋谷は、昭和五一年一一月二〇日付で原告の理事に就任した(渋谷が原告の理事に就任した事実は当事者間に争いがない。)。

(九)  渋谷は、原告の理事訴外髙野利雄と共に、昭和五一年一一月から翌五二年三月にかけて五回渡米し、広瀬との交渉に当たつたが、その都度広瀬から創立者に対する処遇の実行案の提示を求められ、広瀬が満足する処遇案の提示ができず、連日深夜まで広瀬に責められたあげく、最終的には広瀬側で用意した処遇案に同意するほかない状態となり、不本意ながら、昭和五二年三月二三日、広瀬との間で髙野理事とともに原告の理事の肩書のもとに暫定協定覚書(乙第一四号証)を作成した。

右暫定協定覚書は、

(ア) 原告は、五号館を二〇億円(契約上の代金額は一三億円とする。)で、第二寮を六四七二万円で、買い取る。簿外支払については、安全な方法を十分検討のうえ、実行するものとするが、帳簿上の支払に優先して実行する。

(イ) 原告は、サンタモニカ市に有する海外学生施設、ホノルル市に有したハワイ研修所、箱根仙石原に有する山荘を広瀬に無償で譲渡する。

(ウ) 広瀬と関連のある退任理事五名に対し、合計一億二五〇〇万円の退職金を支払う。

(エ) 広瀬に対し解決金二〇億円を五年以内に支払う。この金員の支払は、ウエストウッド学生寮の賃料として一か月九七〇〇ドル、同寮に宿泊させる千代田学園の学生の宿泊料として一人につき七ドル八〇セント、外宣宣伝費・市場調査費等として一年間二億円の外貨送金などの名目ないし方法により、安全適切な方法で広瀬及びその協力者ないし機関に支払う。

(オ) 広瀬夫妻に対し、年金を毎月の給与及び賞与の名目で支払う。

(カ) 海外駐在事務所費用として一年当たり三万五〇〇〇ドルを支払う。

等を内容とするものであつた。

原告の理事麻生、髙野、友野、渋谷の四名は、同年六月二八日付で、広瀬に対し、右暫定協定覚書の内容を承認する趣旨で、広瀬及びその協力者と原告との間の諸契約に基づく債務の清算並びに五号館買収に関する支払については理事会が責任をもつて履行する旨及びこれらの事項の細部の折衝とその実行に関しては渋谷に一任する旨等を内容とする確約書(乙第一五号証)を作成し、差し入れるとともに、渋谷は、同日付で、暫定協定覚書の内容を一部変更し、解決金を最低二〇億円とするとともに、これには五号館の売買代金の簿外支払分及び原告が有する海外施設等の無償譲渡分を含めるものとし、その支払を確約する確約書附帯書(乙第一六号証)を理事の肩書のもとに作成し、広瀬に差し入れた。

(一〇)  原告の理事らは、不本意ながらも、広瀬との合意内容に従い、退任理事に対する退職金を支払い、昭和五二年一一月一五日には被告(当時は千代田総業株式会社)から五号館の買取りを行つた。

また、広瀬の要求に従い、請求原因1のとおり、被告に対し、同年九月二一日から昭和五三年三月一日にかけて原告振出しの本件小切手六通(額面金額合計七億五〇〇〇万円。そのうちの六億円が本件に関するもの)を交付し、右小切手はそのころ被告により現金化された(この六億円支払の事実は当事者間に争いがない。)。

(一一)  広瀬に対する解決金の支払は、広瀬のいわゆる創立者としての功績が学校法人設立前の問題であるうえ、広瀬の要求する金額の大きさからいつても、公益法人である原告にとつて適法な支払の根拠を欠くものであり、広瀬及び原告の理事らはこのことを十分承知していた。

そして、専修学校の認可を保留されている原告として、右解決金の支払については、監督機関である東京都の財務監査における追及を避ける必要があつたし、広瀬としても、かねがね右所得に対して課税されることも最も恐れていたことであつた。

そこで、原告の理事ら及び被告代表者は、原告が千代田国際学園構想のプロジェクト実施資金として六億円を被告に貸し付ける体裁をとることとし、原被告間で昭和五二年一二月二一日付の千代田国際学園の構想に基づくプロジェクトに関する契約書(甲第一号証)を作成し、原告は前記六億円を記帳上貸付金として処理した。

しかし、右六億円は原告に返還される必要のない金員であることは、広瀬、原告の理事ら及び被告代表者の全員が当初から了解していたものであつた。

(一二)  原告は、広瀬の要求により、右事情を明らかにするため、理事長麻生及び理事渋谷作成の昭和五三年五月一日付、理事渋谷作成の同年一一月一三日付、理事髙野及び同渋谷作成の昭和五四年一月七日付各書面をもつて、原告が被告に交付した六億円は広瀬への解決金の一部の支払に当たるもので、原告は返還請求権を有しないことを広瀬及び被告に対して確約した。

(一三)  なお、被告は、昭和五二年ころ現在の商号となり、本件当時、代表取締役は広瀬の義父である訴外黒羽勝意であつたが、実質的には広瀬が完全に支配する会社であつた。

以上のとおり認定できる。

証人渋谷栄一の証言(第一、二回)中には本件六億円が原被告間の国際学園構想に伴う消費貸借契約に基づく貸金として交付されたとの趣旨の部分があるが、右証言は採用しない。

しかして、右に認定した事実によれば、原告から被告に支払われた本件の六億円は、広瀬に対する解決金支払の合意に基づきその実行としてなされたものであり、原告としては広瀬に右解決金を支払う合理的根拠はなかつたが、広瀬が主張する創立者の功績なるものに対して一定の出捐をしない限り広瀬やその関連会社から原告の学校経営に対してどのような妨害が企図されるかも知れず、その結果原告の学校運営に生ずるであろう混乱を避けるために、やむなく解決金支払を合意したものであることが明らかである。

したがつて、右解決金支払の合意は、単純な金銭の贈与契約であると解するのが相当であり、抗弁2の事実はいずれもこれを認めることができる。

3  次に再抗弁1(原告の目的の範囲外の行為による無効)について判断する。

(一)  法人の権利能力は定款又は寄附行為所定の目的によつて制限されるが(民法四三条)、定款又は寄附行為所定の目的自体に包含されない行為であつても、目的遂行に直接又は間接に必要な行為は目的の範囲に属するものと解すべきであり、目的遂行に必要か否かは、問題となつている行為が法人の定款又は寄附行為所定の目的に現実に必要であるかどうかの基準によるべきではなく、定款又は寄附行為の記載自体からみて客観的抽象的に必要か否かの基準に従つて決すべきものと解するのが相当である。

ところで、原告が私立学校法により設置された学校法人であることは前示のとおりであるが、私立学校法は前記民法四三条の規定を学校法人に準用する(同法二九条)ため、学校法人についても前記解釈が基本的に妥当する。

(二)  そこで、本件において原告が広瀬に対し六億円を贈与したことが原告の目的の範囲内であるかについて、検討する。

〈証拠〉によれば、原告の寄附行為に定める目的は、教育基本法及び学校教育法に従い私立専修学校を設置することであることが認められる。

ところで、公益法人たる学校法人にあつても、一見寄附行為所定の目的とかかわりがなくても、学校法人としての円滑な発展を図るうえで相当の価値と効果を認めることのできる行為は、目的遂行のうえに必要なものと解するに妨げなく、学校法人の財産を他に贈与する行為も、それが一個の社会的実在である学校法人に要請され、学校法人の円滑な発展を図るうえに有用であり、かつ社会通念上相当な範囲にとどまる限り、贈与が寄附行為の目的に挙げられていないというだけの理由で目的外の行為であるとするのは、相当でない。

しかしながら、学校法人は、公益法人に属し、社会に果たす役割が公共の利益に深い関わりをもつため、収益事業を営む場合もその事業の種類が限定され(私立学校法二六条)、寄附行為に定める事業が法令に違反していないことが認可の条件とされ(同法三一条一項)、収益事業を営む場合に寄附行為で定められた事業以外の事業を行つた場合には所轄庁がその事業の停止を命ずることができる(同法六一条)等、営利法人にはみられない規制と行政機関の監督権が定められているのであつて、学校法人の本来の目的とする事業活動が社会に果たす役割が公共の利益に深い関わりをもつことに鑑みると、学校法人の活動の健全性を保つための財産的基盤を維持することは必要不可欠というべきであり、学校法人のする贈与は、その学校法人の規模、学校教育に占める地位、経済的基盤及び贈与の相手方・目的・内容等諸般の事情を考慮して、合理的な範囲を逸脱したときには、目的の範囲外の行為として無効になると解するのが相当である。

本件においては、先に認定したとおり、贈与の相手方が学校法人である原告を実質的に掌握していた広瀬であつて純然たる第三者ではないこと、贈与をするに至つた経緯は、原告の理事長を辞した広瀬が、原告に対して有する諸般の影響力を駆使して、原告から功労金名下に金員を引き出そうと画策した末なされたものであつて、贈与をしなければならない合理的根拠も必要もなかつたこと、贈与の額は六億円にも及ぶことなどの事情があり、贈与額の大きさからいつて本件贈与により原告の経済的基盤が脅やかされるおそれもないではなかつたということができるから、本件贈与は、合理的な範囲を著しく逸脱したものというべきであつて、目的の範囲外の行為として無効であると解するのが相当である。

(三)  したがつて、再抗弁1の主張は理由がある。

四結論

以上によれば、その余の主張について判断するまでもなく、原告の請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官稲守孝夫 裁判官木下徹信 裁判官飯塚宏)

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